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旧「快ちゃんの日記」です。 新しい「快ちゃんの日記」はhttps://kaichan.hatenablog.jp/です。

こんにちは。当ブログへお越し下さり、ありがとうございます(^ ^)

今回は、竹田恒泰さんの著書「現代語古事記」を参考に、「天の岩屋戸」のお話をご紹介します。

・日本神話 1.天地が分かれ、別天津神が現れる

・日本神話 2.神代七代と国生み

・日本神話 3.神生み 〜伊邪那美神の死〜 

・日本神話 4.伊邪那岐神 黄泉国へ 〜伊邪那美神との永遠の別れ〜 

・日本神話 5.三貴子の誕生 

・日本神話 6.泣きわめく須佐之男命

・日本神話 7.天照大御神と須佐之男命

                                  も、ぜひご覧下さい。

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天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、弟の須佐之男命(すさのおのみこと)をかばいましたが、須佐之男命の行いは酷くなるばかりでした。

天照大御神が機織小屋で神の衣を織らせていると、須佐之男命は、その小屋の屋根に穴をあけ、皮を剥いだ馬を落とし入れたのです。

機織女(はたおりめ)はビックリして、誤って織の横糸を通す道具で女性器を突き刺してしまい、死にました。

これには天照大御神も黙ってはおられません。
天の岩屋戸(あめのいわやと)を開けて洞窟の中に入り、岩屋戸を閉じて引きこもってしまいました。
天の岩屋戸は、洞窟の入口を塞いでいる岩のことです。

すると、太陽の神である天照大御神が引き籠ってしまったため、高天原(たかまのはら)は暗闇に包まれ、葦原中国(あしはらのなかつくに)も暗くなりました。

そして、昼が来ない夜だけの世界となり、万(よろず)の神の声が夏バエのように満ちあふれ、万の災いが起こるようになってしまいました。
万とは、数が多いことです。

八百万(やおよろず)の神は困りに困り、天の安の河原(あめのやすのかわら)に集まって、色々と考えをめぐらせましたが、良い考えは無く、「知恵の神」で知られる思金神(おもいかねのかみ)に相談することにしました。
八百万の神とは、たくさんの神々のことです。

思慮を兼ね備えた思金神の考えた方策は、「祭り」でした。

早速、神々は祭りの準備に取り掛かります。

まず、ニワトリが集められ、一斉に鳴かされました。
ニワトリが鳴くと太陽が昇ることから、ニワトリを鳴かせることは太陽が現れるのを促す呪術だったのです。

次に、天の安の河(あめのやすのかわ)の川上にある固い石を取り、鉱山の鉄を取り、鍛冶屋を探して、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に鏡を作らせました。
固い石は、鉄を鍛えるのに使うものです。

また、玉祖命(たまのおやのみこと)に、多くの玉を緒に通した飾りを作らせました。

こうして、必要な神器が揃いました。

ちなみに、このとき作らせた神器の内、鏡は八咫鏡(やたのかがみ)、玉を緒に通した飾りは八尺勾玉(やさかのまがたま)と呼ばれ、後に高天原から地上にもたらされ、天皇の皇位の印である「三種の神器」の内の二つとなります。

そして、天児屋命(あめのこやねのみこと)布刀玉命(ふとだまのみこと)を呼んで、にぎやかな祭りが始まりました。

山から根ごと掘り出してきた枝ぶりの良い榊(さかき)に、上の枝には八尺勾玉の多くの珠を取り付け、中の枝には八咫鏡を取り付け、下の枝には木綿と麻の布を垂らし、この見事な供え物を布刀玉命が取り持ち、天児屋命が祝詞を奏上しました。

また、天照大御神がこもった岩屋戸のすぐ脇には、力持ちの神である天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が立ちました。

岩屋戸の前では神楽が始まりました。
踊り手の天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、神懸りして、女神であるのにも関わらず、胸乳をあらわに出して、服の紐を隠部の所まで押し下げました。

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(神宮ホームページ:神宮の神話より)

すると、八百万の神がどっと笑ったのです。

このとき、天照大御神は不審に思い、岩屋戸を細めに開き、内側から次のように言いました。

「私が洞窟の中に籠っているから、高天原も葦原中国も暗闇のはずなのに、天宇受売命が歌舞いをし、八百万の神も笑っているのは、なぜなのだろう?」

天宇受売命はそれに答えて、

「あなた様よりも尊い神がいらっしゃるからです。それゆえに、我々は喜び、笑い、そして舞っているのです。」

と言いました。

こうしている間に、天児屋命と布刀玉命が、岩屋戸の隙間に八咫鏡を差し入れ、天照大御神に見せました。

すると、天照大御神は鏡に映る自らの姿を見て、自分と同じような太陽の神が別にいると思って、ビックリしました。

そして、天照大御神がゆっくりと外を覗こうとしたとき、戸の脇に隠れていた天手力男神が天照大御神の手をつかんで外へ引き出しました。

そして、布刀玉命は洞窟の入口にしめ縄を張り、

「これより中に戻ってはなりませぬ!」

と言いました。

かくして、天照大御神が洞窟から出てきたので、高天原と葦原中国に、再び明かりが戻ったのです。

天照大御神が隠れてしまったのは、須佐之男命の横暴が原因でした。

八百万の神は話し合った末、須佐之男命に、罪穢れを祓うための品物を負わせ、髭を切り、手足の爪を抜いて、ついに高天原から追放しました。

ここからは、須佐之男命の新しき物語が展開します。

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今回は、天照大御神が洞窟に籠もられてしまうお話をご紹介しました。

八百万の神々は、見事な供え物を作って祭りを行い、天照大御神を引き出すことに成功なさいました。

これは、太陽の神である天照大御神がおられないと神々は何もなさることができない、ということを示しています。

私たち人間も、太陽がなければ、光を失い、凍え死んでしまいます。

太陽を中心に生きているのは、神様も人間も同じなのです。

次回の『日本神話』は、「八俣大蛇」です。


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平成30年2月1日、私の部屋に奉斎している神棚にて、お祭りを行いました。

神棚は、今年は神宮大麻もお祀りしましたので、「神明社(しんめいしゃ)」とお呼びすることとします。

お祭りは、毎月1日・15日に行っているもので、月次祭(つきなみさい)と言います。

今回は、平成30年2月1日神明社月次祭の様子を綴ります。

この日は、母が外出していたので、私一人で行いました。

式次第〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
一、開式の詞(かいしきのことば)

  私:「これより、平成30年2月1日月次祭を執り行います。」と宣言。

二、修祓(しゅばつ)

  私:祓詞(はらえことば)を奏上。

三、献饌(けんせん)

  私:神饌を捧げる。

四、祭主祝詞奏上(さいしゅのりとそうじょう)

  私:祭主として「伊勢内宮神前祝詞」及び「伊勢外宮神前祝詞」を奏上。
    この後、二礼・二拍手・一礼を行う。

五、閉式の詞(へいしきのことば)

  私:「これをもちまして、平成30年2月1日月次祭を終わります。」と宣言。

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今回奉ったお酒。(前日、母に買ってきてもらいました)
我が盛岡市の「菊の司酒造」さんの品です。IMG_0702

添加物の入っていない清酒です。
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実は、事前に野菜や果物を買ってきてもらうことを忘れており、新しきお酒(上の写真)を瓶子に入れることのみを行うはずでしたが…

なんと!この日、母が仕事先から稲荷寿司や和菓子を頂いてきていたのです(^ ^)

そこで、その中から、この度の月次祭の神饌として、米、酒、塩、水、の他に、稲荷寿司と桜餅も奉りました。

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月次祭が終わった後の神棚
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月次祭にて、皇室と私達を守り給へと祈願させて頂きました。


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天皇陛下には、平成30年1月30日、孝明天皇例祭の儀へ出御されました。
また、皇后陛下には、この儀をご遙拝され、お慎みになられました。
(情報源:両陛下ご動静(30日・火) - 産経ニュース

この儀式は、孝明天皇の崩御された日に宮中の皇霊殿にて行われる祭祀です。

1月30日孝明天皇例祭こうめいてんのう れいさい孝明天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
(宮内庁ホームページ:主要祭儀一覧より)

孝明天皇は、江戸時代最後の天皇で、明治天皇の父君です。

800px-The_Emperor_Komei(孝明天皇)

お年を召されても歴代天皇への祭祀を怠らない天皇陛下には、頭が下がります。

また、自ら出御されない祭祀へ必ず遙拝される皇后陛下にも、頭が下がります。

孝明天皇も、お慶びになられたことでしょう。


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先日、伊勢宮忠ネットショップから、神道大祓全集を購入しました。

伊勢宮忠は、神棚・神具の製造販売をしている会社で、伊勢の神宮の近くに店を構えています。

伊勢から盛岡まで、2日間で届きました。

宅配ドライバーさん、いつもありがとうございます( ´ ▽ ` )

さて、届いた神道大祓全集は、丁寧に包まれていました。

まずは、白い包み紙。

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包み紙を開けると、「神道大祓全集」の文字が。
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しかし、これは本体ではありませんでした…

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これが、「神道大祓全集」本体です。
紫色の表紙が、上品な雰囲気。

開くと、目次が。
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ありとあらゆる祝詞が載っています。

これから、この「神道大祓全集」を用いて、神棚にての祭儀を行おうと思います。


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さて、昨日、自分の部屋に奉斎している神棚を眺めているとき、あることに気が付きました。

それは…

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榊に花が咲いたことです!

この榊は、昨年末に近所のスーパーマーケットの生花コーナーで買った国産の榊です。

それ以来、ほぼ毎日、神棚へ神饌をお捧げする際に、水を換えていました。

いつも新鮮な水に生けていたお陰で、白くて可愛らしい花が咲いてくれたのですね( ´ ▽ ` )

これからも、毎日怠らずに、神饌のお捧げと榊の水換えを行おうと思います^ ^


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今回は、竹田恒泰さんの著書「現代語古事記」を参考に、海原から追放された須佐之男命のお話をご紹介します。

・日本神話 1.天地が分かれ、別天津神が現れる

・日本神話 2.神代七代と国生み

・日本神話 3.神生み 〜伊邪那美神の死〜 

・日本神話 4.伊邪那岐神 黄泉国へ 〜伊邪那美神との永遠の別れ〜 

・日本神話 5.三貴子の誕生 

・日本神話 6.泣きわめく須佐之男命

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追放された須佐之男命(すさのおのみこと)は、黄泉国にいる伊邪那美命(いざなみのみこと)のところへ行く前に、高天原に上り、姉である天照大御神(あまてらすおおみかみ)へ、報告することにしました。

須佐之男命は追放されたことによって心が荒ぶっていたので、高天原に上るとき、山、川、土は、ことごとく揺れ動きました。

その異様な事態に驚いた天照大御神は、

「我が弟が高天原にやってくるのは、きっと何か企みがあるからに違いない、国を奪うつもりかもしれない。」

と言って、戦いに備えて男装した後、背には千本の矢が入った靫(矢を入れる道具)を、脇には五百本の矢が入った靫を付けるなどの武装をしました。

そして、威勢よく雄叫びをあげ、臨戦態勢で、高天原にやってきた須佐之男命と対峙しました。

天照大御神が、

「なぜ高天原にやってきたのか。」

と尋ねると、須佐之男命は、

「私に邪心はありません。伊邪那岐神(いざなきのかみ)が私が泣きわめくことをお尋ねになったので、『私は、亡き母の国に行きたいと思って泣いているのです。』と申し上げました。そこで大神が『お前はこの国にいてはならない』と仰せになり、追放なさったので、まかりゆくことになったことを申し上げようと思い、参上したのです。やましい心はありません。」

と言いました。

しかし、天照大御神は簡単には納得しません。 

「ならば、あなたの心が清らかなることはどのようにして知ることができるか。」

と聞いたのです。

そこで須佐之男命は、

「お互いに誓約(うけい)をして子を生みましょう。」

と提案しました。

誓約とは、あらかじめ決めた通りの結果が現れるかどうかで吉凶を判断する占いの一種です。 

天照大御神と須佐之男命は、高天原に流れる川を挟んで立ちました。

初めに天照大御神が、須佐之男命の帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を三段に打ち折り、神聖な井戸ですすぎ、噛み砕いて、吹き出しました。

吹き出した息の霧に、田紀理毘売神(たきりひめのかみ)を始めとする三柱の女神が生まれました。

次に須佐之男命が、天照大御神の髪に付けてあった三つの勾玉を、一つずつ手に取り、それぞれ神聖な井戸ですすぐと、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)天菩比神(あめのほひのかみ)などの三柱の男神が生まれました。

須佐之男命が続けて、天照大御神の左右の手にそれぞれ巻いてあった勾玉を、一つずつ噛み砕いて吐き出すと、二柱の男神が生まれました。

須佐之男命の物からは三柱、天照大御神の物からは五柱の神が生まれたのです。

これで誓約は終わりです。

天照大御神は、

「後に生まれた五柱の男の子は、私の物から生まれたから私の子です。先に生まれた三柱の女の子は、あなたの物から生まれたから、あなたの子です。」

と言いました。

すると、須佐之男命は、

「私の心が明るく清いから、たおやかな女の子が生まれたのです。だから私の勝ちだ。」

と言って、勝ち誇ったように、天照大御神の田の畔(あぜ)を壊し、溝を埋め、さらには、神に新穀を供える神事である大嘗(おおにえ)を行う神聖なる御殿に糞(くそ)をまき散らしたのです。

そして、須佐之男命は高天原で大暴れし始めました。

弟がひどい行いをしているのに、天照大御神はこれを咎めず、

「糞をまいたというのは、酔って吐いたものでしょう。田の畔を壊し、溝を埋めたのは、土地が惜しいと思ったからでしょう。」

と言って、弟をかばいました。

しかし、須佐之男命の悪態はひどくなる一方です…。

つづく…

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今回は、追放された須佐之男命が、姉の天照大御神と誓約をされたお話でした。

誓約で御自分の物から生まれた神が女神だったからと言って勝ち誇り、高天原で大暴れされ始めてしまった須佐之男命。

そして、姉である天照大御神は、そんな弟をかばわれてしまいます…。

次回は、「天の岩屋戸」です。


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今回は、竹田恒泰さんの著書「現代語古事記」を参考に、海原を治めるように命じられた須佐之男命のお話をご紹介します。


日本神話 2.神代七代と国生み

日本神話 3.神生み 〜伊邪那美神の死〜

日本神話 4.伊邪那岐神 黄泉国へ 〜伊邪那美神との永遠の別れ〜

日本神話 5.三貴神の誕生

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父である伊邪那岐神(いざなきのかみ)から海原を治めるように命じられた須佐之男命(すさのおのみこと)は、国(海原)を治めず、泣きわめいてばかりいました。

嵐の神とされる須佐之男命が泣いたことにより、青々とした山はことごとく枯れ山となり、 河と海もことごとく干上がってしまいました。

これにより、悪しき神の声がハエのように満ちあふれ、ありとあらゆる災いが起こりました。 

心配した伊邪那岐神が、

「 どうして国(海原)を治めずに泣いてばかりいるのか。」

と尋ねると、須佐之男命は、

「私は亡き母の国の根之堅洲国に参りたいのです。だから泣いているのです。」

と答えました。

須佐之男命は、伊邪那美神(いざなみのかみ)を「母」と思っていたようです。

それを聞いた伊邪那岐神は怒り、

「ならばお前はこの国に住んではいけない。」 

と言って、須佐之男命を追放しました。

追放された須佐之男命は、この後どうなってしまうのでしょうか? 

つづく…

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今回は、須佐之男命が伊邪那岐神から追放されたお話でした。

須佐之男命は、伊邪那岐神が単独でお生みになった神なので、本当は「母」という存在がおられないのですが、過去に伊邪那岐神の妻であられた伊邪那美神を、「母」と思っていらしたようですね。 

次回は、 「天照大御神と須佐之男命」です。


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平成29年12月、神宮会館のホームページより、新しい神棚を購入しました。

神宮会館は、伊勢神宮崇敬会が運営しているホテルです。

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(写真:神宮会館より)

神宮会館ホームページ内の参宮記念品 神棚を見て、(美しいお宮だなぁ)と思い、メールで注文して、銀行振込で購入しました。

私が購入したのは、板葺神棚(中)というもので、10000円でした。

ちなみに、注文して最初に届いたものは爪で引っ掻いたような傷があったので返品して、交換品を送って頂きました。

それがこちら。

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以前までお祀りしていたホームセンターで購入したものより立派で、さすがは伊勢の神宮を模したお宮だと思いました。

特に、屋根から突き出る千木が、神宮に似ているように感じました。

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また、何より決め手となったのが、神宮大大麻が納まることです。

神宮から全国へ頒布されている御神札は、神宮大麻、神宮中大麻、神宮大大麻、の3種類があり、その名の通り、大大麻が最も大きいものです。

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(左上:神宮大麻 右上:神宮中大麻 左下:神宮大大麻)
(写真は、神宮ホームページ:神宮大麻と神宮暦より。)

もちろん、大きさによって御神徳が異なることはないのですが、折角なら一番大きな御神札を奉斎したいと思ったのです( ̄▽ ̄)

大大麻は、同年12月27日に榊山稲荷神社へ参拝したときに、榊山稲荷神社御神札とともにお受けしました。

現在は、手前から、神宮大大麻、氏神神社御神札、榊山稲荷神社御神札、加賀宮(榊山稲荷神社別宮)御神札、という順に奉斎しています。

立派なお宮をお祀りできて、良かったです。
これから20年間、大切にしたいと思います。


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